新たなアウラ芸術のデジタル写真時代

新たなアウラのありよう

ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」のアウラは、芸術作品が今とここにしかない一回限りの現象で存在するときに発する特有の輝きのことで、絵画や彫刻などの写真誕生以前の伝統的な芸術には存在した一点主義の礼拝的価値の特質のことです。以下に続きます。


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ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」とインスタグラムに書いたデジタル写真世代の新たなアウラのことを書いています。

デジタル写真時代の新たなアウラは、複製技術の中で生きる人々のネットワーク、コミュニケーションの中で、アウラとしての特有の輝きを見せるものです。

インスタグラムなどの関係性の写真文化から新たなアウラが生まれるもので、芸術の1点主義から生まれるのはアウラではなく権威になっています。

新たなアウラの時代では、以前のアウラは権威芸術になっています。

複製可能で、お互いにシェアができることで価値が出る体系になっているのが、新たなアウラのありようです。一点主義のアウラとは違うわけです。

デジタル写真以外にも、デジタル絵師のデジタル絵にはアウラがないのかと問われれば、そこにもアウラはあるけれど、それは関係性の新たなアウラであって、権威型アウラとは違っています。

新たなアウラは、お互いに共有した関係性から生まれるアウラであって、関係性アウラと一点主義アウラは、庶民型のアウラと権威型のアウラと分けることもできます。

写真や漫画などもこの庶民型アウラを求めるものになって、権威型アウラが成立する余地がかなり狭くなっています。決まった時期にしか開帳しない仏像であっても、デジタル写真に克明に収めていつでも眺めることができる現代では、厳密な意味での一点主義の権威型アウラは存在できなくなっています。

デジタル映像の複製で、止めようもなく流れていくものになった全ての芸術作品に、従来の権威型アウラを求めるには、デジタル映像による複製を遮断するしかないです。

関係性アウラであり庶民型アウラが複製芸術時代が進んだデジタル写真時代の新たなアウラのありようで、今ここにしかない一点主義の旧アウラはもはや存在しないと言っていい状況です。

あらゆる芸術作品が克明に写真に記録されて見られるので、そこで一枚の鮮明な写真になった時点で、いくらでも複製可能な複製美術の写真芸術になっています。

アウラのありようは確かに新たに変容しましたが、新たな関係性アウラの時代になっても、アウラは複製デジタル技術時代になっても生き続けています。

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